酔人婆爺の音楽東西膝栗毛

初めまして!酔人婆爺(スイート・バージー)と申します。
なんで酔人婆爺(スイート・バージー)かと申しますと、私はローリング ストーンズのファンなのです。
そうなんです、あの名曲「スイート バージニア」のゴロ合せなんです。
酒好きなもんで、良いかなと・・・(笑)

このコラムは酔人婆爺が時々手に入れるアルバムの感想をポチポチと書き込んでいこうかなと思っています。
不定期アップデイトになりますが、よろしくお願い致します。

2002年12月10日、ついにローリング ストーンズ来日が発表されました。
3/15(土)3/16(日)   東京ドーム 
3/20(木)3/21(祝・金) 大阪ドーム 
大阪公演は、なんと4年前の来日公演とまったく同日なんですねぇ。
彼等のリアルタイムな情報を皆様におとどけする為に、最適なサイトを紹介いたしましょう。
三十郎さんが運営する「Bridges To The Stones」です。
酔人婆爺も毎日チェックしています。彼らに興味がある方は是非アクセスしてくださいね。 

2003年に紹介したアルバムはコチラ・・・

2002・12・28
さて、今年最後の話題は「待てば海路の日和あり」です。
4年前の98年ローリング ストーンズ大阪公演はネットを通じて然る方からアリーナ席(!)を譲っていただきました。
さて、当日ドームでお会いしたその方から、これまた素晴らしい一冊を紹介して頂きました。
「ジャズ・ロックのおかげです」というその本は酔人婆爺が密かに心の師匠と思っているピーター・バラカン氏他2名が思い思いにジャズ・ロックを語り、15枚のアルバムを選ぶという、それは楽しくて役に立つ実用本でした。
で、バラカン師匠がセレクトされたアルバムの中に「John Handy/Recorded Live At The Monterey Jazz Festival」というのがありました。
師匠がオススメのこのアルバムについては見た事も聴いたこともありませんでした。
かっての酔人婆爺ならシャカリキになって探すところですが最近は歳をとったのか、縁のあるアルバムならきっと何時か何処かで出会えるという意識が強くなっています。

今年、2002年晩秋の事でした。
なんと東京へ視察に行くというチャンスに巡り合いました。
なにがチャンスかって、そりゃもう空いた時間にレコ屋に行くことが出来るからなんですよ。
行き先は吉祥寺です。早速いろいろリサーチをかけまして、あるレコ屋に絞りました。
いよいよ当日です、やはり思ったように1時間チョットの待ち時間が出来ました。
足早に目的地のレコ屋を目指す酔人婆爺。
時間との勝負はもう始まっています。
「ここだっ!」階段を期待を込めて一歩一歩上がっていきます。
店に入ると、目に付いたのが「新入荷中古コーナー」でした。
「あっ!!!!」そうなんです、そのコーナーの一番手前、まるで酔人婆爺を待っているかのように収まっていたのが忘れるはずもない「John Handy/Recorded Live At The Monterey Jazz Festival」だったんですね。
シッカリと手にとって、しげしげとジャケットを見つめる酔人婆爺。
これだからレコ・コレクターは止められませんよね。
ついでと言っちゃなんですが、ここではもう1枚の収穫があったんです。
これまた「ジャズ・ロックのおかげです」ネタなんですが、その本でバカラン師匠のほかの2名の方がアルバム選に選んでおられる(アルバムはそれぞれ異なっていますが)Don Ellisのアルバムがゲットできました。
彼に付いてはこのコラムの6月15日にもアルバムを紹介していますので、そちらも↓読んでやってくださいませ。で、ゲットしたのは71年発表の「TEARS OF JOY 」で未CD化のようなんですが、2枚組のLIVE盤です。
なんだかレアな感じがして思わずニッコリ。

4年前に出会った素適な1冊の本、そして4年後の今年、その本に紹介されていた2人の素適なアイテムをなんと吉祥寺でゲットしたという、なんとも「待てば海路の日和あり」的な一席でございました。
今年も公私共にナンダカンダとありましたが、コレクションもナンダカンダと充実していた1年でありました(笑)。

んじゃ、またね。

2002・12・10
今回はアフリカから一転、60年代末のロンドンへご案内いたしましょう。
今や「生きた伝説」となっているPretty Thingsです。
じつはこのバンド、ストーンズとちょっとした因縁があるんです。
結成創立メンバーのディック・テイラー(g)はミック・ジャガーとキース・リチャーズと一緒に「リトル・ボーイ・ブルー&ザ・ブルー・ボーイズ」というバンドでつるんでいたのでありました。
62年ミック、キース、テイラーはブライアン・ジョーンズと知り合って「ローリング・ストーンズ」を結成いたしますが、ギタリストが複数いたため、テイラーはベースに転向させられたんですが、彼はそれが嫌だったんですね。
62年末にはストーンズを脱退してしまいます。
残念無念、そのままベースをやっていれば「ローリング・ストーンズ」のメンバーになれたのに・・・という因縁があるんです。

デビュー当時のPretty Thingsは「ローリング・ストーンズ」よりもハードな演奏とキャラクターでまずまずの成功を収めるのですが、ドラマーのヴィヴ・プリンスの奇行が問題視されたこともあって、人気が下降。
初期のR&Bバンドから時代に沿うようなサイケデリックなバンドへと変化していきます。
68年に心機一転、ドラムスに元トゥモロウのトゥウィンクを迎え、レコード会社も移籍し、1968年12月に彼らの代表作の一枚でもある「S.F.SORROW 」を発表します。いわゆる「ロック・オペラ」の第一号作品だったのですが、当時は全く評価されず、後に出たザ・フーの「トミー」に完全に喰われた形になってしまいました(涙・涙)。
しかし、現在ではロック史上の名作として再評価されています(メデタシ、メデタシ)。
70年にはこれまた名作と評判高い「PARACHUTE」を発表いたします。
このアルバムはアメリカの「ローリング ストーン紙」で「アルバム・オブ・ジ・イアー」にも選出されたのですが、売れませんでした(涙・涙)。

この「S.F.SORROW」「PARACHUTE」を中心に編集した2枚組編集盤が「the psychedelic years」なのです。
アルバム未収録曲のシングル曲が7曲、
他に「CHILDREN」がalternate別ヴァージョン、
98年に1万枚限定でリリースされたアルバ「RESURRECTION」(なんとS.F.SORROW の再演!ギターにピンクフロイドのデイブ・ギルモア!!)からは3曲が収録、
未発表69年ライヴ・ヴァージョン(これも絶品!ぜひ全曲を発表し欲しいぃぃぃぃ!)が2曲収録されています。

その後、プリティ・シングスはレッド・ツェッペリンの「スワン ソング」レーベルから2枚のアルバムを発表(74年、76年)したり、アルバム毎に音楽性を変化、解散、再結成を繰り返して現在に至っています。
いわいる「生きた伝説」ですね。
きっと今夜もヨーロッパの何処かで、昔と変わらないライブを繰り広げているんじゃないでしょうか・・

余談なんですが・・・
彼らの3枚目のシングルに予定(64年)されていてボツになった「get yourself home」が92年にオーストラリアのレーベルから限定1000枚のアナログ10インチ・シングルとして発表されました。
ジャケットにはナンバリングとオリジナル・メンバーのジョン・スタックスの直筆サインが載っているんですが、実は酔人婆爺は所有しているんだな(チョット自慢)。

んじゃ、またね。

2002・11・23
さて、皆様お待ちかね(?)
70〜80年代のナイジェリア現地録音の音源がセレクトされた5枚のCDが復刻されたのを祝しまして今回もking sunny adeの特集の第2弾をお送り致しましょう。
5枚のCDの内容は1枚のCDにアナログ2枚分の音源が収録されています。
しかし2枚分全曲が収録されているわけではなく、1枚は全曲、もう1枚はアナログ片面が収録されています。
例えば今回紹介するCD「Vol.2」には74年発表のアナログ「Vol.1」全曲と94年発表のアナログ「The Way Foeward」片面が収録されています。
しかし74年の作品と94年の作品をカップリングするとは、大胆というか、考えていないというか・・・
他のCDも「Vol.1」には86年作と90年作
「Vol.3」には88年作が2作
「Vol.4」には75年作と88年作
「Vol.5」には92年作と83年作といった様に、何を基準としてセレクトしてあるのか、サッパリ分からん??CDとなっています。
しかし、今となっては入手困難なアルバム音源が入手出来た事だけでも「良し」としなくてはね。
特に「Vol.2」「Vol.4」に収録されている自身のレーベル「サニー・アラデ」からの1枚目、2枚目なんかは酔人婆爺が彼の音楽を聴き始めた80年代とは全く違った印象で大変興味深い内容です。
まさに「JUJUは1日にして成らず」といった感じですよね。
一人のアーティストの作品を30年分聴いてみると変化が手に取るように分かってトッテモ楽しいですね。
60年代後半から活動していたアデは74年に前述した彼のレーベルを設立し、作品を年間2〜4枚というハイペースで発表し始めるのでした。
そのスタートと成ったのが74年に発表した「Vol.1」だったのです。
彼の音楽のトレードマークとも言うべきスティール・ギターはまだ使用されていませんし、インストパートでの印象的な構成も確立されていません。
80年代に入るとリンドラム、クラヴィネット、スティールギターを駆使して華麗でファンタスティックな音楽を作り上げた彼の原点が聴けます。3台?のギターが紡ぎ出すナントもシルキーでファンキーな感覚がナントも言えず素晴らしい!
この構成に前述の楽器群を加えてより分厚い音を構築していったのが80年代前半だったんだなぁ〜〜と感慨深くウナズク酔人婆爺でありました。
と、このCDを聴いていると途中からイキナリ94年の音が飛び出してきます。
その差30年!!いや全く違いますよね、80年代後半からは音の疾走感がグンと増すのですが、腰が浮くような疾走感が素晴らしいです。
でも、CD1枚に同年代の音源でまとめてほしかったと思うのは酔人婆爺だでけでしょうか?

ナイジェリアの会社の方、本当にしっかりと作成してね。

2002・11・13
今回はKING SUNNY ADEのCDを紹介いたします。
KING SUNNY ADEといえばナイジェリアのJUJU MUSICのドンといわれているわけですが、酔人婆爺の場合、彼の音楽を知ったのは81年にアイランド・レーベルから世界進出をはたした「ジュジュ・ミュージック」というアルバムでした。
今まで彼がナイジェリア本国で発表してきた曲はアナログLPのAB面にメドレーになった曲が1曲ずつ収められていたので、欧米のリスナー・ラジオ局向けに1曲ずつに独立させ、演奏時間も3〜5分程度にリメイクしてアルバムに収めたのでした。
しかし、初めて聴いたJUJU MUSICの威力は絶大で、一聴してノックアウトされたのを昨日のように思い出します。
それ以来、当時横浜に住んでいたのですが、毎週のように船便(!!)で入荷するナイジェリア本国盤を求めて渋谷へ通いました。
本国盤にはアイランド盤には無い現地の匂いを感じることができたんですよね。
しかし数年後、KING SUNNY ADEのブームはアッケナク去ってしまいます(涙・涙)。
でも酔人婆爺にとって彼の音楽は流行とは無縁の、本当に好きな音楽になっていました。
前世はナイジェリアの人だったんじゃないかと思うくらいに彼の音楽にはまってしまったんですよね。
ところが困ったことが起こっていたのです。ブームの末期に彼のレコードは市場に溢れていたのですが、叩き売られてしまいました。そのときに酔人婆爺もコレクションを充実させたのですが、それ以降、かれの本国盤はほとんど入荷しなくなりました(涙・涙)。
95,97,2000年にはアメリカの会社から、アイランド盤のような現地盤のリメイク+新作(だと思いますが・・)を収めたCDがでています。
これはこれでとても良く出来ているのですが、本国盤が気になってしまう酔人婆爺なのでありました。一時期は軍事政権の入れ替わりが激しく、国内でレコードの生産もストップしてしまった事もあったようです。事実96年にでた「My Dream」はカセットでの入手でした・・・これがまた、安手のカラーコピーをしたようなジャケットに熱で若干変形してしまったケース、思わず彼の地ナイジェリアの状況を危惧してしまった酔人婆爺なのでした(涙・涙)。
今回は(涙・涙)がやたら多いような気がしません?
なんせ情報は無いに等しいし、アルバムは入ってこない、ブームの後なんてこんなもんかな、と思うと思わず(涙・涙)。
しかし泣いてばかりもいられません。
いよいよヨルバ(KING SUNNY ADEはヨルバ民族なんです)の神様が微笑んでくれる日がやって参りました!!
今回ネットサーフィン途上で彼の新しいCD「KOOL SAMBA」が出ている事を知りました(ワクワク)。
ワールドミュージック専門店に注文して待つこと2ヶ月、とうとう入手いたしました!!!
ネット上で入手した彼のデスコグラフィ資料を参考にすると99年の作品のようですが、酔人婆爺にとっては久々の本国「最新盤」です。
しかも「CD」!!
カセットしかなかった最近の内情からは、ビックリするような大変化ですよね。
ついにナイジェリアでもCD作成が始まったのでしょうか?
プレーヤーにCDをセットする手が心なしか震えています(若干オーバー?!)。
スピーカーからはイツモト変わらぬKING SUNNY ADEのやさしい歌が・・今回はハッピーバースデーの演奏が出てきたり、デュエット(男同士ですが)やらで盛り上がります。
やっぱり良いですよ、KING SUNNY ADEのjuju Musicは!
彼のアルバムは全部で70数枚(なんせ年間数枚発表)あるようなんですが、マイ・コレクションでは30数枚しか所有していません。
もちろん完全コレクションなんて夢ですが、70年代からの作品を順番に聴いてくると緩やかなんですが、音楽に変化がみられます。
今回、70〜80年代のナイジェリア現地録音の音源がセレクトされたCDが復刻されました。CD5枚にギッシリとKING SUNNY ADEのjuju Musicが詰まっています。
これも入手したので、次回はこのシリーズを紹介いたします。

んじゃ、またね。

2002・10・18
さて今回はTEN YEARS AFTERの登場です。
彼らが68年に発表した実況録音盤「UNDEAD」です。
今年発売されたのは5000枚限定プレス・紙ジャケット・音源追加というなんとも有難いCDだったんですね。
まず、5000枚限定プレス・紙ジャケット仕様ですが、この5000枚というのがミソです。
2002年現在、日本に一体何人のTEN YEARS AFTERファンがいるのでしょうか。
事実、酔人婆爺が入手したのは発売から2ヶ月程度経ってからだったのですが、こんな田舎町のCD屋でもオーダーして1週間もしないうちにゲット出来ました。
嬉しいやら、悲しいやら複雑な心境ですよね。5000枚が売り切れるとは思えません(涙)。
しかし音源追加、これは凄い!既発のアナログ盤では5曲が収録されていたのですが、この度4曲も追加され、曲順も実際の演奏順に並び替えられました。
熱のこもったと言うか、湯気が立ち上ると言うか、とにかく現場の熱気を真空パックしました!というような熱演が続きます。
60年代末に英吉利を中心に巻き起こったブルースロック・ブーム、実力3大バンドとして「フリードウッド・マック」「チッキン・シャック」「サヴォイ・ブラウン」が通受けしていましたが、このTEN YEARS AFTERは当時速弾きギタリストとして有名だったアルビン・リーを中心としてライブの場で人気を博していました。
アメリカツアーを何と28回も敢行し、あのウッドストックにも参加しています。
そして、そのドキュメンタリー映画ではハイライトの一つとして「ゴーイン・ホーム」を熱演し、クローズアップされているんですね。
あ〜〜ぁ、懐かしいな〜〜。
しかし、ブルースロック・ブームが去った70年中期には解散してしまいます。
アルビン・リーは、その後はナントTEN YEARS AFTERならぬ「TEN YEARS LATER」という洒落にもならないようなグループを作ったり、ソロになったり、再結成をしたり、よくある「アノ人は今」の仲間入りを果たしています。
現在では例の3大バンドはブルースロックの話題では登場するのですが、残念ながら我らがTEN YEARS AFTERはサッパリ・・・キャラクターの大衆性(アルビン・リーは顔が映画の大魔人にソックリ・・怖いです)がイマイチ音楽通に受けないのかなぁぁぁ。

今回の再発はトッテモ嬉しいニュースでした。


2002・10・4
さて、全世界のSTONESファンの皆様お待たせいたしました。今年、ライヴデビュー40年を記念してデビュー当時から、現在までの代表曲を40曲(内4曲は新曲)網羅した2CD「FORTY LICKS」の登場です。
しかし、コアなファンの間では前評判は賛(極少)否否否否否否否否両論でした。
・いまさらベスト盤を出されても、どの曲も所有しているので用がない。どうせなら未発表曲や、テイク違いを収録して欲しかった。
・新曲4曲というのが中途半端。いっそう新作で勝負して欲しかったし、その新曲を往年の名曲の間に入れたのでは、クオリティに差がありすぎるのではないか。
・事前にネットで公開されたシングル第1弾「Don't Stop 」の出来がイマイチという評判。
以上の理由からコアなSTONESファンからはあまり歓迎されてはいませんでしたし、
酔人婆爺も「まったくその通り」だと思っていたんですが・・・
いざ買って聴いてみると、これが最高なんです。
収録曲は確かに新味の無い選曲で王道路線だったんですが、考えて見てくださいよ、ストーンズの極上の曲がこれでもか!というほどギッシリ36曲も詰まっているんです(他4曲が新曲)。しかも60年代の曲は最新のリマスター処理が施されていてクッキリ・ハッキリとまるで新曲のような新鮮な響きがあるではありませんか!!
嬉しくて嬉しくて、職場で半日ずっとかけてました。(失笑)
新曲4曲もスタジオでチョット肩慣らしに演ってみました風で、いい感じ。
前作が結構いじくった曲が多かったので、キース&ロニーのギターが気持ち良く鳴っている新曲はコレマタ新鮮。ネット上の音をショボイPCのスピーカーで聴くのとステレオで聴くのとではマッタク大違いでした。
まったくストーンズって良い曲が多いですねぇぇぇ。

ところで、今回のツアーは9月3日からスタートしているんですが、チョットその話題もさせてください。
今回のツアーでは数千人規模の小さな会場でも公演しているのですが、この小会場での演奏曲目がマッタク凄いんですよ。見てください。

Sep.30 Roseland Ballroom, New York

1.Start Me Up
2.You Got Me Rocking
3.All Down the Line
4.Hand of Fate
5.Sweet Virginia
6.She Smiled Sweetly
7.Neighbours
8.Dance Pt. 1
9.Everybody Needs Somebody To Love
10.That's How Strong My Love Is
11.Going To A Go Go
12.Ain't to Proud to Beg

13.You Don't Have to Mean It
14.Before They Make Me Run
15.Midnight Rambler
16.Rock Me Baby (with Jonny Lang)
17.Stray Cat Blues
18.Can't You Hear Me Knocking
19.Honky Tonk Women
20.Brown Sugar
21.Jumping Jack Flash (encore)

いいですか、21曲中カバー曲が9.10.11.12.16.と5曲もあり、特に9曲目から12曲目までのカバー・ショウなんてサイコ〜〜〜〜〜〜〜〜じゃありませんか!
さらに最近のライヴでは珍しい4.6.17.ライヴ初登場の8.18と約半数がレア曲というトンでもない展開なんですよ。今回のベスト盤からはタッタの5曲!!
こんなの実際に聴いたら失神するんじゃないか、と思うくらいです。
ところが、おもしろい事に、万人単位のスタジアム公演になるとガラリと雰囲気が変わりまして、ヒット曲の連発となっています。
Sep.28 Giants Stadium, New York

1.Brown Sugar
2.It's Only Rock'n Roll
3.Start Me Up
4.Don't Stop
5.Tumbling Dice
6.Undercover of the Night
7.Angie
8.You Can't Always Get What You Want
9.Monkey Man
10.I Can't Turn You Loose
11.Slipping Away
12.Happy
13.Sympathy For the Devil
14.You Got Me Rocking (B stage)
15.When the Whip Comes Down (B stage)
16.Miss You (B stage)
17.Gimme Shelter
18.Honky Tonk Women
19.Street Fighting Man
20.Jumping Jack Flash
21.Satisfaction (encore)

なんと21曲中17曲が今回のベスト盤からなんです!!もう最初っからコンサート終盤みたいなノリノリ曲のオンパレード。さぞかし盛り上がるでショウねぇぇぇ。
ここまで露骨に演奏曲目を変化させるなんていうことは、彼らの40年にもわたる演奏歴の中で無かった事ですよね。
日本公演では東京、大阪の両ドームが会場候補に上がっているのですが、出来ましたら演奏曲目は小会場みたいにレア曲満載でお願いします、ミックの旦那!!

というこで、今回のベスト盤に話を戻して・・・
疾風怒濤の36曲に、どこかしら瓢瓢した趣の新曲4曲を加えた今回のベスト盤は「DIRTY WORK」以降、暗黙のお約束(?)となっているキースの癒し系スローバラードでその幕を降ろします。
新曲のそのバラードはドラムのチャーリーとの息もピッタリで、「ヨッ、キース世界一!」と思わず声をかけそうになってしまいます。
風の噂では、来年にもバリバリの新作が発表されるとか・・・
それまでは、この素晴らしいストーンズからの贈り物をユックリ・ジックリ・タップリと堪能しようではありませんか!!


2002・9・25
皆様お待たせいたしました!久々のアフリカ音源の紹介です。
レアーなアフロ・ビートのコンピレーション「AFRODECLIC」です。
どのくらいレアーかと言いますと、ここに収録されているアーティスト16組中、知っているのは1組のみ。そりゃ、アフロ関係はあまり詳しくありませんが、それでも1/16っていうのはレアーですよね。
60年代、70年代、80年代初頭のアフリカのグループのシングル盤が中心なんですが、思っていたよりズッと音が良いです。そして何より、思っていたよりズッとズッとカッコヨイ曲がテンコモリ!
まるで「ブラスロック」、まるで「フェラ・クティ」、まるで「ジェイムス・ブラウン」というような曲もあるんですが、盤から立ち上る熱気とグルーヴが並じゃない!!
昨今、欧州のクラブではこんなアフロ・ビートで盛り上がっているそうですが、そんなファンキィな曲で踊れば、ストレス発散にはもって来いでしょうね。
初めて、このアルバムに針を落として、音楽が流れ出した時に感じた驚きと感動は、今年の収穫のベスト3に入るんじゃないか、と思うほどです。
まったく知らないCDやLPを購入する時の基準は、まず「データ」。アルバムに記載されている、ミュージシャンの名前、プロデューサーの名前、発売会社名、発売国名をジャケットを舐めるようにチェック!過去のデーターと照合いたします。(モチロン頭の中でね。)
次ぎに「ジャケット」。これは「一目惚れ」と言いますか、「カン」といいますか、とりあえずピピッと感じることが必要です。
昔から「名盤は良いジャケットに包まれている」という話があるくらいなんですが、その逆、「良いジャケットは名盤である」という事はなかなかありません。(笑)
このジャケットだけを見てアルバムを購入することを「ジャケ買い」と言います。
今回の「AFRODECLIC」は「データ」的にはまったく歯が立たなかったので、完全な「ジャケ買い」でした。ジャケットの写真(ちょっと小さいですが。)を見てください。
ピピッときますか?酔人婆爺の場合はLPサイズで手にとってみたので、そのジャケットの素晴らしさにノックアウトされてしまいました。
しかも内容も「ヤッター!すごい!!」級のホームランだったんですよね。
「データ」に基づいて買ったアルバムは、だいたい予想を大幅に裏切ることはありませんが、「ジャケ買い」の場合は全くのバクチですよね。
「ジャケ買い」のスリルは「いったいどんな音が出てくるんだろうか?」というワクワク・ドキドキ感にあります。
買って帰って、レコードをジャケットからソッと出し、初めて針を落とす時、CDのスタートボタンを押す時、そのスリル!!
「スゴイ」「ヤッター」か「こんなもんかな」「予想の範疇」か「やってもた〜〜」「あかんな」なのか。
未知のアルバムとの真剣勝負(?)はこれからも続くのでありました。


2002・9・13
さて、今回はフリージャズの新譜を紹介いたしましょう。
アッ、フリージャズと聞いて読むのを止めないでくださいね。
かく言う酔人婆爺も最初は及び腰だったのですが、評価が良いのでチョット冒険してみようかな、と思った次第で御座います。
北欧JAZZで「Scorch Trio」といいます。
まずプレイヤーの名前がラウル・ビョーケンハイム(フィンランド)、インゲブリグト・ホーカー・フラーテン、ポール・ニルセン・ラブ(以上ノルウェー)という3人組のパワートリオです。
如何ですか、いかにもフリージャズっぽい響きがありますよね。
ここでもう一度彼らの名前を声に出して読んで見てください。
中味は、とりあえず、ナント言いますかパワートリオに電化マイルスの霊が降臨しました、といった演奏で、とっても良い感じで「ムチャクチャ」といった感じはありませんね。
初秋の宵をビョーケンハイムのぶっとい音色のギターが切り裂き、フラーテンのどっしりと腰の座ったベイスが闇に蠢く、ラブのドラムが他の二人を急き立てながら疾走してゆきます。
彼らのエナジーが四方八方へ矢のように閃光を放ちながら飛び散ります。
エエナァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜@このアルバム.com(フリージャズ的表現?!)
ここ数年、北欧ジャズ、特にノルウェージャズが脚光を浴びています。
その台風の目となっているのが「jazzland」というレーベルなんですよね。
その主宰者であるブッゲ・ヴェッセルトフト自身も優れたミュージシャンなんですが、彼が繰り出す「jazzland」からの諸作が、どれも素晴らしいとの評価を受けています。
既成のモダン・ジャズではなくて、テクノ・ドラムンベース・マイルス等の影響をうまくミックスした作品が多いようです。
昨年から日本でも国内発売されるようになり、そのレーベル人気は大変なものです。
酔人婆爺はブッゲ・ヴェッセルトフト自身のリーダー作、「jazzland」のコンピュレーションアルバム他1枚を聴いたことがありますが、確かに既成のジャズにないサムシングを強く感じます。
ホーカー・フラーテンもブッゲ・ヴェッセルトフトのグループの一員としても活躍しています。
今回の紹介したアルバム「Scorch Trio」は万人向けとはチト言いにくいのですが、ブッゲ・ヴェッセルトフトのリーダー作「ミーヴィング」はホーカー・フラーテンも参加している作品で、疲れた時なんかに聴いていると、いつの間にか居眠りしている事があるくらい気持ち良いアルバムです。
この辺から北欧JAZZに入門して頂き激辛の「Scorch Trio」にたどり着く、と言うのがグルメな音楽ファンの定番コースとしてオススメですね。

是非いちど御賞味くださいませ。


2002・8・27
さてさて今回はprimal scream待望の新作「EVIL HEAT」を紹介いたしましょう。
酔人婆爺は94年「GIVE OUT BUT DON'T GIVE UP」から聴き始めたのですが、これは彼らがナント亜米利加南部に赴いて、トム・ダウトをプロデューサーに迎えて作り上げた異型のスワンプ・ロックだったのです。
ゲストにはP−FUNK総師ジョージ・クリントン、マッスル・ショールズのリズムセクション。
彼らとのコラボレイションはとっても刺激的で、70年代前後に一世風靡したスワンプ・ロックと比べてみても、心意気は買えるけど・・・というような問題作(?)だったのです。
97年には「VANISHING POINT」を発表しますが、前作はいったい何だったのだろう?
一時的な気まぐれちゃうか?という似ても似付かぬ作品だったのです。
それは1971年制作のアメリカのニュー・シネマ『バニシング・ポイント』にインスパイアされた「ダブからジョン・コルトレーン、カン他の幅広い要素をもった」作品といわれていますが、現在の彼らのスタンスがここで固まったと酔人婆爺は確信しています。
この路線をさらに強力に推し進めたのが前作2000年に発表された「EXTERMINATOR」だった!これは強烈でした。
切れ味鋭いノイズの嵐、その音響空間に歪みを伴って映し出される21世紀型ロッケンロー。傑作ですね!
で、やっと今作「EVIL HEAT」にたどり着きました。
前作から一直線に繋がっているような曲もありますが、一聴してアレッと思うのは「穏やかな佇まい」ともいえる作風が多いことですね。
特にテクノっぽい意匠が散在しています。
現在のテクノ発祥の地を曲名にした「DETROIT」、ドイツのテクノポップ・グループ「クラフトワーク」の名曲「アウトバーン」と古典的ロックンロールの名曲「ルート66」をミックスしたタイトル「AUTOBAHN 66」、また日本盤のみのボーナストラックはまんまテクノな出来になっております。
また、なんと元レッド・ゼッペリンのジョン・ボーナムがハープで参加している「THE LORD IS MY SHOTGUN」も聴き様によってはテクノ・パンク・ブルーズといえる逸品に仕上がっています。
前作の混沌とした音響空間を突き抜け、彼らは新しい方向性に向かって旅立った、という趣です。
またインタビューではマイルス・デイヴィスを引き合いにだして、彼は固定したグループを持たずその時々に有能なミュージシャンを引き入れたチームを作っていたと言い、理想のように語っていますが、プロデューサー・エンジニア・プレイヤーを含んだ現在のprimal screamはリーダーのボビー・ギレスピーにしてみれば有機的に変幻自由なチームなのでしょう。事実、彼自身現在のprimal screamチームについて「まさにドリームチーム」といって自信をみせています。
ライヴで聴くと全く異なった表情を見せてくれそうなアルバムですね。今秋に予定されている来日公演は期待度がとっても大きいです。
行きたい〜〜〜!!


2002・8・9
難波お宝ツアー第3弾はDON NIXです。
98年頃からスワンプ・ロックが気になっていて、ボチボチとアルバムを買っております。
スワンプ・ロックっていうのは、60年代末から70年代前半の本の数年間アメリカで流行ったロックの一ジャンルなんですよね。
スワンプswampとは研究社「新英和中辞典」によりますと「沼、湿地帯。米国では水に浸った森林地帯」となっておりまして、アメリカ南部の湿地帯のことなんです。
南部にルーツをもつブルーズ、カントリー、ゴスペルなんかとロックをシェイクしたらア〜〜ら不思議、こんなに素晴らしい音楽が生まれました。
しかし、このスワンプ・ロックは新しいトレンドとしてレコード会社が企画したものだったんですよね。
初めのうちは泣かず飛ばずだったのですが、69年に真打ち「デラニー&ボニー」が2ndアルバムを発表してから状況は一気に加速していきました。
レオン・ラッセルを中心とした南部のミュージシャンがもうひとつの核となって、エリック・クラプトン、ジョージ・ハリスン、ジョー・コッカー、デイヴ・メイソン、ローリング・ストーンズなどの英国ロック勢を巻き込み、一大センセーションを巻き起こしたのでした。
特に英国勢に与えた影響は絶大で、彼らの代表作はことごとくスワンプ風味溢れるものでした。例えばエリック・クラプトンはデレク&ドミノス名義「いとしのレイラ」、ジョージ・ハリスン「オール・シングス・マスト・パス」、ジョー・コッカー「マッド・ドッグ&イングリシュ・メン」、デイヴ・メイソン「アローン・トュゲザー」、ローリング・ストーンズ「メインストリートのならず者」と書いてくると、皆さんも納得していただけるんじゃないでしょうか。
英国ロックの一大潮流であったブルーズ・ロックも彼らが必死でアメリカ音楽であるブルーズをコピーしていたわけですよね。
でもデラニー&ボニーやレオン・ラッセルは自国の音楽で南部にルーツをもつブルーズ、カントリー、ゴスペルを消化した音楽をいとも簡単に演っていたのでした。
しかし、皮肉なことに72年を境にスワンプ・ロックのブームが去ってからも現在にいたるまで一線で活躍しているのは、エリック・クラプトンやローリング・ストーンズなどの英国勢だった、というのがなんとも言えません・・・
で、DON NIXです。
彼はメンフィス生まれの生粋の南部人です。写真で見ると、いつもカウボーイハットや南部軍の帽子を被っています。おそらく頑固でヘンコな南部オヤジなんでしょうね。
1st、2ndはスワンプ・ロックの中でも名盤の誉れ高い傑作で、3rdはジェフ・ベックがカバーした事で有名なった2曲が収録されています。
今回は2nd「living by the days」、3rd「hobos,heroes and street coener clowns」をまとめてアナログでゲットッ!!
特に2ndは表ジャケットが特殊加工されており、CDでは出せない味がとてもナイスです。
内容は評判通りの傑作です。
3rdもポップ過ぎるとの評価がありますが、酔人婆爺に言わせると元々彼にはいい意味でのポップさがあって、それが彼の持ち味になっていると思っているので、これくらいのポップさは、OK。
1st、2nd、3rdと3枚のアルバムにはFurry Lewisという年配のカントリー・ブルースマンが参加しているんですが、彼が参加している曲がどれもそれぞれのアルバムのハイライトとなっています。
スワンプ・ロック、酔人婆爺は大好きです。


2nd


3rd


2002・7・29
今回は難波御宝ゲットツアー第2弾を御送りいたしましょう。
アメリカ建国200年を迎えた75年前後にノスタルジー歌謡スタイルを持ったシンガー達が注目を浴びました。
そんな中で、決定的な人気を博したのが、今回紹介するreon redbone「on the track」だったのです。
なんと20万枚ものレコーダが売れたというのですから。
で、その中味なんですが、30年代の歌をカントリージャズ風味満点の演奏と、なんともはや味のあるボーカルで料理した極上のノスタルジーミュージックなんですよね。
場末のバー(日本なら赤ちょうちん?)でこんな曲が流れてきたら、きっと落涙間違い無し。癒し系というよりも脱力系といった方がピッタリなreonのボーカルは万人向けとは言い難いのですが、それが20万枚もヒットするアメリカって・・・。
夜中にこのレコードをかけていると、ついついお酒が進んでしまうという罪作りな1枚です。
98年に日本でもCD化されたんですが、その時には「ちょっとキワモノかなぁ」と思って買うのを見送っていた酔人婆爺はバカでした。
最近はほとんど毎日聴いているんですが、彼独特の煙い(?)ボーカルにはまっています。でもこのアルバム、出来る事ならアナログで聴いてほしいな。
30年代、40年代の音楽はアメリカ音楽の地下水となり、今も絶えることなく流れていて、亜米利加音楽を豊かに育てているように思えます。
日本では30年代、40年代の音楽が現在の音楽に影響を与えているなんて思えませんよね。亜米利加ってそんなところは凄い、と心底思う酔人婆爺でありました。
ところで日本での30年代(昭和5年-14年)、40年代(昭和15年-24年)といえばどんな音楽が流行っていたのでしょうか?
30年代といえば、昭和9年(1934年)でみると東海林太郎「赤城の子守歌」、ディック・ミネ「ダイナ」、唄川幸子「上海リル」等々がヒットしていたんですね。
戦後の40年代(昭和15年-24年)といえば、酔人婆爺も大好きな笠置シズ子や岡晴夫が大活躍していたんですよね。
岡晴夫の「上海の花売り娘」昭和14年、「東京の花売り娘」昭和21年、「憧れのハワイ航路」昭和23年、笠置シズ子の「東京ブギウギ」昭和22年、「ジャングルブギー」昭和23年。
実は酔人婆爺は岡晴夫(通称オカッパル)の実況録音盤を所有しているんだぞ。(それで?)彼の素晴らしいトーンの歌声は本当に素晴らしいと思っています。
また笠置シズ子も十八番のブギだけではなくて、シットリ系の唄もなかなかイケマッセ。
どなたかreon redboneの様に、小粋なアレンジで「憧れのハワイ航路」や「東京ブギウギ」をカバーしてくれませんか?
なかなかカバー曲でセンスの良いのが無くって、酔人婆爺は悲しいです。




写真1


写真2


写真3


写真4


写真5


写真6
2002・7・8
先日、十数年ぶり(!!)に大阪難波に行って参りました。心斎橋・アメリカ村へは数年に一度くらい(!)行くのですが、難波へはナカナカ行く機会がありません。
会社の慰安旅行で吉本観劇だったのですが、当然酔人婆爺は吉本前で戦線離脱。
3時間くらいの短い時間ではありましたが、5店を周ることが出来ました。
今回の収穫は何点かあるのですが、取りあえずはコレですね。
通称「ELP」ことエマーソン・レイク&パーマー、彼らの最高傑作との呼び声も高い「恐怖の頭脳改革」です。
素晴らしいです。
傑作です。
コケオドシです。
派手です。
73年発表、すぐにお年玉(!)で購入いたしました(写真1)が、今回入手したのは、まずアメリカ・アトランティック盤でした。
英国オリジナル盤(日本盤)は観音開き特殊ジャケットだったのですが、今回盤は普通のイラストジャケットでした。
しかし、ジャケット裏面はオリジナル盤は写真5、今回盤はオリジナル盤の観音開きを開けると現れるメデューサのイラストが載っています(写真2)。
また、レーベルもオリジナルは彼らが当時創立したレーベル「マンティコア」のロゴイラスト(写真6)でしたが、今回盤は写真3のようなジャケットのイラストを使用したものになっています。
なかなかカッコイイですよね。
それがドウシタって?なんだか楽しいじゃありませんか。
最近は昔のアイテムの異なったバージョンをゲットすることがあるんですが、それらを並べて鑑賞(?)していると何だかトッテモ幸せな酔人婆爺なのでありました。
次ぎは、そのオリジナル盤をCDサイズに縮小したCDを別の店でゲットいたしました。
英国オリジナル盤の観音開き特殊ジャケットはもちろん、オマケで付いていた美麗ポスターもCDサイズで復刻されています。(写真4)
実は購入当時、ポスターを切って部屋に飾ってしまったので、バラバラになってしまったのでした。
なんと30年の月日を経てミニチュアながら、再び入手できたのでした。
ところで、この素晴らしいジャケットは映画「エイリアン」で一躍メジャー人気を得た、画家のH・R・ギーガーの力作です。購入当時はそんなことは露知らず、なんだか不気味だけれども引きつけられるイラストだなぁ、と思っていました。
ギーガーの事を知って彼の画集を手に入れたのは約10年後のことでした。
中味の素晴らしさは言うまでもなく、ジャケットも含んだ総合的なアートとしてロックを代表する作品である、と言い切ってしまいましょう。
ボリュームを上げて聴いていると、言いようの無い気分の抑揚感を感じてしまいます。

2002・6・25
さて、お待たせいたしました。
新譜を入手したのでご紹介いたしましょう。
今回は初の日本人アーティストです。
ソウル・フラワー・ユニオンの中川敬とヒートウェイブの山口洋を中心としたグループで、臨時の活動のようですが、御遊びといった所もなく、逆にノビノビとやりたい様にやっているラフさ加減が良い雰囲気をだしています。
実は酔人婆爺は日本語の歌がチョット苦手でして、聴いていると疲れてしまうんですよね。
ところが、そんな酔人婆爺でも「聴ける日本語ボーカル」があるんです。
たまに聴くのは、大滝詠一・山口百恵・加藤和彦・キヨシロー・頭脳警察(パンタ)・宇崎竜童・村八分のチャー坊・・まったく一貫性が無いのですが。
多分彼らの発音が耳にスッと入ってくるんじゃないかな、と思っています。
最近は特に頭脳警察(パンタ)・村八分のといった結構硬派な歌がお気に入りです。
昨夏にはパンタ・村八分のレア盤が数多く発売されました。
それらのアルバムには、その時代の熱い空気が圧縮されていて弾丸のように胸を貫きました。
今夏にはなんと頭脳警察ファーストから6枚目までのアルバムが紙ジャケットCDで復刻されます。
今回は当時伏字だった個所も復活しているそうで楽しみです。

で・・今回紹介の「ヤポネシアン・ボール・ファウンデーション」なんですが、かってのDTFBWBのようなヒリヒリ感のある歌詞とノリを感じさせてくれます。
皆さん、覚えておられますか?歌謡ロックを演奏していたダウンタウン・ブギウギ・バンドが81年(?)に突如、通販のみで販売した(後にメジャーから発売)DTF(ファイティング)BWB名義のライヴアルバム、
その名も「海賊盤」。
それに続いて発表された「We are DOWN TOWN Street FIGHTING BOOGIE WOOGIE BAND」。
両者ともヒリヒリとした感触が素敵なアルバムでした。
ポイントはヒリヒリ感のある歌詞かな。
その2枚を残してDTFBWBは解散してしまいます。
で・・今回紹介の「ヤポネシアン・ボール・ファウンデーション」なんですが、現実の危うさを歌った、ちょっと耳が痛いヒリヒリ感のある歌詞がソリッドなロケンローに乗って歌われています。具体的には申し上げませんが、是非一度聴いて欲しいアルバムですね。
20年後はDTF(ファイティング)BWBの2枚のアルバムのように忘れさられていると思いますが、喉に刺さった小骨のような、そんなアルバムです。
しかし、インディレーベルからの発売なので私の地元では通販でしか入手出来ません。
メジャーレーベルももっと力を入れて「音楽」をつくってくださいね。


2002・6・15
4月・5月は総会懇親会ニ次会の嵐が吹き荒れ、「財布からお金が飛ぶように」、と申しますか、「ぶちまけるように」と申しますか、全くもって凄まじく散財してしまいました。
モトより1杯飲みが嫌いでないもので、誘われるとフラフラと行ってしまうんですよね。
と言う訳で、新たにゲットしたアルバムは1枚も無いのですが、新しい発見があった在庫アルバムがありますので、今回は「20年目の真実」と題して書き込みさせていただきます。
20数年前、酔人婆爺はJAZZを聴き始めていました。しかし、何を聴いたらよいやら・・・
限られた予算を有効活用するべく、粟村政昭著「ジャズ・レコード・ブック」という本を購入いたしました。
この著者はなかなか頑固な方で、70年前後から現れ始めた電化JAZZはいっさい認めない、というポリシーをお持ちでした。
しかし、選ばれたアルバムを実際聴いてみると、しっかりした聴く耳を持っておられる事は明白でした。
で、この本を座右におきまして、いろんなアルバムをゲットしていったのです。
20数年前の或日、輸入レコード屋の投売りコーナーにDON ELLIS「LIVE AT MONTREUX」というアルバムを見つけました。
早速、かの本で調べてみると同じタイトルのアルバムがオススメとして記載されていました。初期のライヴだと。
ただレコード番号が違っていたのが、チョット気がかりだったのですが、再発かなと思っていました。
聴いてみるとコレがいいんです。
ビッグバンドなんですが、スイング感もソロも申し分ありません。
すっかりお気に入りのアルバムでした。
今年の「レコードコレクターズ」6月号の輸入盤紹介に、このアルバムがCD化されたという記事が載ってました。
ずっと60年代のライヴだと思っていたんですが、これがナント1977年、彼が亡くなる前年(78年に44歳で死亡)のライヴだと紹介されていました。
ビックリですね。なんと同じタイトルのアルバムを2枚、彼は発表していたんですね。
と書いてきて、よくよく「ジャズ・レコード・ブック」を見るとナント、タイトルが「LIVE AT MONTEREY」となっているではないですか!!
ガ〜〜ン、今日まで20年間タイトルを間違っていタッ〜〜〜!!
でも長年にわたるモヤモヤがやっと晴れたような気分です。
内容の素晴らしさには変わり有りませんが、長い間音楽ファンをやっていると、色々新しい発見(今回のは大チョンボ)があって、そんな時には「音楽ファンをやってて良かったな」と思いながら今日もお気に入りのアルバムに聴き入る酔人婆爺なのでありました。
目出度し、目出度し・・・


2002・5・26
さて今回も女性ボーカルを紹介いたしましょう。
Coumba Gawlo クンバ・ガウロ「Sa Lii Sa Lee」です。
以前輸入盤で手に入れていたんですが、今月目出度く国内発売されました。
アフリカのセネガル出身で、98年にはフランスでチャート1位になるヒット曲を出したこともあります。
ご存じのように以前、フランスはアフリカに広大な植民地を保有していました。
そのため、フランスへのアフリカ移民はとても多く、今もアフリカのミュージシャンの活動の場はフランスがとても多いようです。
アフリカのミュージシャンのアルバムはそのほとんどがmade in franceなんですよ。
ところで彼女の特徴はその「声」にありまして、鋼のように硬質でありながら、黒い艶があるんですよね。
そこが、好き嫌いの分かれ目でしょうが、聴き込むうちにイイ感じになってきます。
バックの音はンバラ(セネガルの伝統音楽です)で、打ち込み音とタマ(セネガルの太鼓です)のバランスもしっとりとブレンドされています。
けっこうポップな音作りで、一般のボーカルファンの方々にも充分アピールするんじゃないでしょうか。
それと、おもしろいのが曲の間にチョットした語り(男性なんです)が入るんです。
コミカルな感じを出しているのはなんとなくわかるんですが・・・謎。
きっと現地の方々には受けるネタなんでしょうね。
また1曲目はライブ仕様になっているんですが、最後に彼女の高笑いが聴けます。
これも最初はギョッとしましたね。
なんだか文化の違いをチョッピリ垣間見れる、そんなアルバムです。
でもそんな「文化の違い」を感じられる、このアルバム大好きです。


2002・5・9
今回は新譜をご紹介いたしましょう。
SHAKIRA「LAONDRY SERVICE」
出会いはミュージックマガジン4月号、表紙をめくるとそこに彼女はいたのでした。
ドキュ〜〜〜〜〜〜ン。
酔人婆爺のハートに大きな風穴が開くのに1秒もかかりませんでした。
その写真はCDのブックレットの裏にも載っているんですが、雑誌の写真は白黒ながら全身、かっこいいウエスタンブーツの先まで写っています。
また、彼女のオフィシャルHPでは、ジャケットの写真やその問題(?)の写真もダウンロードできるようになっています。

いや〜〜〜〜〜〜、シャキーラちゃん、美しい、かわいい、ラテンぽい!
素適なのはルックスばかりではありませんよ。
ロックンロールをベースにラテン風味を振りかけ、中近東風味を隠し味にしたサウンドは酔人婆爺のハートを直撃!!
イケイケsongからしっとりバラードまで聴かせてくれますが、なんといってもライヴではナント!ベリーダンスを披露してくれるという「eyes like you」がアラビックテイストが炸裂していて最高です。
今まではスペイン語で歌っていたのですが、今回世界進出を賭けて初の英語詞アルバムの今作を発表したのでありました。
結果・・ビルボード初登場3位!!という快挙だったのです。
2005年にはアメリカのマイノリティ人口でヒスパニックが黒人を抜くそうですが、そんな背景もシャキラちゃんにとって追い風になっているのかもしれません。
ヒスパニックの歌姫、SHAKIRA。
実はGW前にプロモーションで来日、東京だけで招待客のみ対象のライヴを敢行したのでした。酔人婆爺もインターネットで応募したのですが・・・(涙)
最近、ビョークなどの見たい聴きたい旬のアーティストの公演が東京onlyということが多くて残念です。
とりあえずシャキーラちゃんの一般のライヴが関西でも見れますよう関係者の皆様、よろしくね。


2002・4・15

さて今回は、1974年に発表されたMOTT THE HOOPLEの
 「THE HOOPLE(ロックンロール黄金時代)」を紹介いたしましょう。
一言でいうなら「傑作」です!!
実はこのアルバムの邦題タイトルにもなっている「ロックンロール黄金時代」という曲は酔人婆爺が中学時代にヒットしていた曲なんです。
当時レコード屋さんに買いにいくと、なんと品切れでした。
残念だったんですが、その代わりにグランドファンクの「ロコモーション」を買って帰ったのでした。
でも心のなかにはズッ〜〜〜〜と引っかかっていたんですよね。
時は流れて、20年くらい経ちました。
アナログ盤を探していたんですが、なかなか見つかりません。
あちこちの中古レコード屋でも探したんですが、ダメでした。
ところが、神戸のとある中古レコード屋、レコード屋マップ(という便利な本があるんです。
なんと全国の中古レコード屋やCDショップを紹介してあるんですよ。)にも載っていないような店だったんですが、そこでナント日本盤帯付美麗品をゲットしたのでありました。
嬉しかったですね〜〜。
調子に乗ってその後イギリス盤のオリジナル盤まで買ってしまいました。
実は昨年末にシングル盤B面の3曲を加えて、CDで発売されていたのですが諸般の事情でまだ買っていなかったのですが、今回目出たくゲットいたしました。
ジャケットは「MOTT MEDUSA」と呼ばれておりまして、ロキシーミュージックのデビューアルバムのジャケットのモデルでも有名なカリ・アンのポートレイトが素敵!!
肝心の中身がまた絶品。
1曲目の「ロックンロール黄金時代」から9曲目の「土曜日の誘惑」まで息もつかせぬ展開がロックンロールの楽しさを満喫させてくれます。
CDになって一気に聴けるようになって、よりスピード感が増したような気がします。
笑い声やマシンガン(?)のチープなSEも、オーケストレイションも乱痴気なロックンロールショウを盛り上げます。
イアン・ハンターのヘタウマ・ボーカルも大好きです。
こんな素敵なアルバムを発表して、彼らは解散してしまうのでありました。(涙・・・)


2002・4・1

3月はいろいろ買ったんですが、その中から1枚ご紹介いたしましょう。
「Ade Olumoko and African Spirit」
アフリカにナイジェリアという国がありまして、音楽にあふれております(行ったこと有りません)。
大雑把に分けると3つの民族から成っています。
その1つに「ヨルバ」民族がありまして、彼らの伝統音楽には
「ジュジュ」「アパラ」「フジ」といった種類の音楽があります。
「ジュジュ」は80年代に世界的な話題を巻き起こしたking sunny adeが代表格です。
私もking sunny adeの「ジュジュ」が大好きで、一生懸命アルバムを収集したものでした。
現在もアメリカのレーベルからポチポチとアルバムを発表していて、最新作は2000年に発表されています。
そろそろ新作が発表されるのではないかと心待ちしています。
しかし、ナイジェリア盤はさっぱり日本国内には入荷しません。
最後に入手したのは96年発表のカセットテープでした。
当時はナイジェリアの経済状態は悪化し、レコードさえも生産できなくなっていたのでした。
コレ以降のナイジェリア盤の新譜は関西には入荷していないのではないでしょうか。
話は変わりますが、
このヨルバの音楽に共通して使用されているのがトーキングドラムという打楽器です。
姿形は日本の鼓にソックリなんですが、トーキングドラムはスティックで叩きます。
これがなかなか強烈な音を発するんです。king sunny adeが初来日した時には東京の代々木体育館で観たのですが、トーキングドラムの強烈な存在感にノックアウトされました。
「アパラ」「フジ」は兄弟のような関係の音楽です。
「フジ」はアルハジ・チーフ・シキル・アインデ・バリスター(長い名前!!)という人が「アパラ」を基に作った音楽といわれていますが、残念ながら聴いたことがありません。文献によると、その区別は難しいらしいです。
「アパラ」はより、伝統音楽的ということになっているんですが、聴いてみると「ジュジュ」のようにエレクトリックな西洋楽器は使われていません。たしかに民謡(?)を聴いているような感じなんですが、トーキングドラムの連打、コブシの効いたボーカルが独特な異次元空間を作り上げていて、最後の曲まで一気に聴くと、頭がクラクラしてきます(チョット過剰表現?)。
まだ若手のグループなんですが、コレから先どんな進化を遂げていくのか興味がありますよね。